2009/12/31

吹雪

10時起床。シャワーを浴びる。今日から湖北の別荘で過ごす予定。

移動の準備はほぼ済んでいたので、自動車に荷物を詰め込む。いつものことだが、昨日のお酒がまだ残っている。

まずは、予約していたおせち料理を受け取りに近所のデパートへ。昨年までは母がはりきって作っていたのだった。その他、デパ地下で食料を購入し、高速道路を一路琵琶湖へ。ものすごい晴天に恵まれていたのだが、到着直前から突然吹雪に変わる。

15時に別荘に到着。みるみる雪が積もっていく。

早速ベーコン作りの準備。豚肉の塩抜きをする。水を流しっぱなしにしているあいだに、井戸水のお風呂を入れたり、テーブルを重曹で掃除したり、一斗缶でスモーカーを作ったり、チャカチャカと動き回る。さて、ついに明日は念願のスモークだ! 父親が料理をしているあいだにソファで横になりながら『持ってゆく歌、置いてゆく歌』を読了。

夕食はてっちりとてっさ。最高にうまい。締めは雑炊。これが芸術品のようにうまくいった。ビールを何本か。


ギターを弾いたり、ガールフレンドと何度かメールのやりとりをするうちにいつのまにか寝てしまった。起きてビール1缶、続いてラフロイグ15年をお湯で割って。塩おかきとともに飲む。アルフォンソ・リンギス『信頼』(岩本正恵訳、青土社)を読みながら。


0時を回ってから年越しそばを食す。あー、おなかいっぱいなり。

雪は降り続き、積雪50センチは行った模様。お風呂に入って就寝。

2009/12/30

夜更けのギター

11時起床。ガールフレンドがお茶のプロフェッショナルからいただいたというほうじ茶を飲みながら仕事のメール。ガールフレンドが作った雪菜ときのこ類のうどんを食す。

少しダラダラしてから帰省の準備を始める。塩豚が腐らぬよう、まわりを保冷剤で固める。これを正月までに燻すのだ! 他に、本を5冊、ルイス・ブニュエルのDVDを5枚持っていく。

同じく実家に帰るガールフレンドと一緒に家を出る。東京駅でバイバイ。今年は本当にありがとう、来年もよろしくね。と念じる。

新幹線にてビール1缶、カツサンド、ポテトチップス、家から持ってきたスイートポテト3個、みかん2個を食す。大谷能生『持ってゆく歌、置いてゆく歌』を読みながら。


駅まで父が迎えに来てくれる。実家に荷物を置いてから、バスで駅前のレストランまで。ここで弟と待ち合わせ。3人で食事というか飲み会をする。ここでも結構飲んだが、帰宅後、ガールフレンドとSkypeしながらさらにビールを飲む。さらに、弟が持ってきてくれた戸張大輔『ギター』を聴いたりして、夜は更けていくのであった。3時くらいに就寝。

2009/12/29

まずい鍋からおいしい雑炊へ

今日から冬休み。なのに眠りが浅く、6時に目覚める。パソコンの前に座り、ぼーっとインターネットなどする。大根の味噌汁を作ったり。8時過ぎに飽きて、再度ベッドに入る。10時過ぎまで2度寝。
眼科から帰ってきたガールフレンドがスウィートポテトを焼いてくれる。俺は仕事のメールをしたり、演劇のチケットを予約したり。
お風呂に入ってから渋谷へ。残された打ち合わせ1本を済ませてから表参道の美容院へ。伸びた髪をバッサリ切ってもらう。さっぱり。美容師さんに「あの……ちょっと横に膨らみました?」と言われた。はいはい、たしかに太りましたよ。
帰りの電車で、大谷能生『持ってゆく歌、置いてゆく歌──不良たちの文学と音楽』(アクセス・パブリッシング)を読む。

スーパーマーケットにてしめじ、エノキを購入して帰宅。今夜は一人鍋。というか、余りものを土鍋で煮て食う。昆布で出汁を引いて、朝作った味噌汁を入れて、さらに買ってきたきのこ類を入れる。うむむ、ぜんぜんおいしくない……。ひさびさにおいしくないと断言できる料理を作ってしまった……。締めは雑炊。まずい鍋からおいしい雑炊ができるのだから、雑炊というのは不思議な料理である。
その後、ブラック・クロウズ『Shake Your Money Maker』やアル・クーパー『Naked Songs』を聴く。どうやらブラック・クロウズは、今年出た新作もいいらしい。

2009/12/28

re-remix

10時起床。11時半に出社。宇野常寛『ゼロ年代の想像力』(早川書房)を読みながら。
今日で仕事納めなのだが、なんだかんだ雑務で忙しい。金曜日にちょっと掃除しておいてよかった。
昼食は近所のフレッシュネスバーガーにてテリヤキバーガーのセット。こういう食事をしているからおなかに肉がつくのだ。再スタートした『remix』誌を眺める。野田努を中心としたスタッフがいなくなってしまって「らしさ」は失われたが、これはこれで意外といい作りになっているのではなかろうか。うーむ、マジでいい気がしてきた。却ってウザさが無くなったんじゃないかな、なんて言ってしまっては、『ele-king』を読んでいた当時の俺に裏切り者呼ばわりされてしまいますよね……。それにしても、UJTの連載「やばいこ学園」だけがなぜか引き継がれているのが不気味である。
17時過ぎから社内で宴会が始まる。俺も、やろうと思えばいつまでも伸ばせてしまう仕事を適当に切り上げて酒を飲み始める。おもに他部署の人々と歓談。20時過ぎまで。日本酒、ビール、ワイン……やはり意外と飲んでしまった。

2次会には参加せずに帰宅。ガールフレンドが夕食を待っていてくれた。大根おろしとツナのパスタを食す。これがめちゃくちゃおいしかった! あ〜、やっぱり家に帰ってきてよかった!と思う瞬間である。借りてきたDVD『もののけ姫』を観ながら。恥ずかしながら初見。90年代後半の想像力だな、とまるで宇野のような感想を持つ。そういえば、今年になってようやく観た『ポニョ』は本当に衝撃だったなあ。
疲れがピークに達したので23時頃ベッドに倒れ込み、お風呂が沸くのを待っているうちに寝てしまう。電気もつけっぱなしで、昨日とまったく同じパターン。

2009/12/27

非常階段

9時起床。漢方を服用し、ガールフレンドが作ってくれたキャベツのお味噌汁を食す。

レンタカーにて車を借りて、ガールフレンドとドライヴ(と言っても半分は仕事です)。ブランチはフランス大使館近くのデリにて。

夜、ヘトヘトになって帰宅。一服した後、2人で新大久保Earthdomへ。ヘア・スタイリスティックスから間に合った。非常階段+豊住芳三郎、本当に素晴らしすぎる。豊住がイカレた眼をして、愉しそうにプレイしていた。今年最後のライヴになる予定だが、これは良かったなあ。

焼肉を食べて帰宅。疲れすぎて、ベッドに倒れこんだとたん、電気も消さずに寝てしまった。

2009/12/26

Night at the Museum

13時頃起床。二日酔いで気持ちが悪い……。どうせ明日も飲むに決まっているのだから、今日はゆっくり過ごそう。お腹を下す。なぜか根本敬『人生解毒波止場』をパラパラと読み返す。

スーパーマーケットでシュークリームを買ってきて、コーヒーとともに。続いて、うどんをゆでて食べる。で、ベッドでゴロゴロ。


夕方、青山ブックセンターへ。東浩紀と宇野常寛のトークを聴く。宇野常寛、意外と好きかもしれないと思えてきた。

帰宅後、料理。紹興酒とオイスターソースを使った焼きそばと、冬瓜のお味噌汁。ショーン・レヴィ監督『ナイト・ミュージアム』(2006)を見ながら。楽しいね、これは子供も喜ぶわ。それにしても、定職に就かない(就けない)父、というキャラクターは、現代っ子の目にはどのように映るのだろうか。

2009/12/25

今日も飲む

10時半起床。連日の飲み過ぎで調子が悪い。午前は半休を取り、ゆっくり過ごすことにする。

漢方を服用してから、肉の仕込み。昨晩作っておいたソミュール液にバラ肉を浸す。不思議なことに、これだけの作業で、お肉が奇跡的においしくなるのだ。

昼頃、定期券を買って、東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』を読みながら出社。仕事は、大掃除をしたりしてぼんやりとやり過ごす。ひょんなことから、某外タレのコンサート・チケットが入手できることに。やったー!

ほぼ定時に退社。近所で同僚たちと飲む。今日も飲む。日曜日からずっと飲み続けていることになる。それにしても皆、無能な他部署の悪口は止まらないのであった。


帰宅後、ガールフレンドの友人と、その兄が遊びに来ていて、飲みを重ねる。塩豚が好評だったようで一安心。

2009/12/24

のぞみて日本に生れしならず肉色に聖十二月のこほる人蔘

2009/12/23

塩豚とパフォーマンス

11時起床。ガールフレンドは休日なのに仕事へ。俺は、1週間前に仕込んだ塩豚の塩抜きを始める。ソミュール液からローズマリーのいい匂いが漂っている。これは期待できそうだ。

塩抜きのあいだにスーパーマーケットでバラ肉を3本購入。これは年末年始、実家でのベーコン作りのためのもの。今日は100g/100円のセールの日だった。他に風呂釜の洗浄剤を購入。図書館に寄って帰宅。

お風呂の掃除をする合間に、豚の塩加減を確かめる。フライパンで一切れ焼いて味見するのだが、まだしょっぱかったりしても、とにかく風味が最高にいい!  あー、早く食べたい。


夕方、シャワーを浴びてから家を出る。六本木Super Deluxeにて神村恵カンパニー「配置と森」を観る。

コンポジションというより、いくつかの与えられたルールのなかで動く、という感じなのだが、ルールの厳密さがダンサーの身体に現われないので、必然性がこちらに伝わらない。恣意的な感じに流れてしまう。以前STスポットでやったとき(今日のはその再演)、客は震撼したと言うが、そういう厳しさはあまり感じられなかった。山縣太一の顔はあいかわらずいい。


続いてラフォーレ原宿に移動して「HARAJUKU PERFORMANCE + 2009」を観る。ここはガールフレンドとともに。が、こちらもあまり面白くなかった。

良かったのはContact Gonzo+姫野さやか。姫野の頭上を飛び越えたとき、時間が一瞬止まった。もう一つ素晴らしかったのは、柴幸男。この人のははじめて観たのだが、恐ろしい完成度であった。


友人と合流して、今日も飲んで帰る。しかも3日連続タクシー……。からだもお金もモタないよ。

2009/12/22

みかん・どくだみ・カップ焼きそば

10時起床。今日も調子悪い。午前は休みを取ってだらだら過ごす。ガールフレンドが『ロスト』を観ている。

みかんをたらふく食べて、どくだみブレンドを飲んで、何年ぶりかのカップ焼そば(いただきもの)を食べる。仕事へ。あっという間に残業2時間。

で、原宿で友人らと飲み会。ガールフレンドとともに参加。(今日は特にガールフレンドが)飲みまくって、結局終電を逃す。タクシーで帰宅。

2009/12/20

ひさしぶりのショッピング

池袋にて買い物。俺はBEAMSにてシャツを2枚、ガールフレンドはアニエスでワンピースのような服を、その後さらにユニクロでいろいろ購入。ほかには東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社)やら彼女の手帳やらも購入。あー、ひさしぶりのショッピング、楽しい。
西日暮里の飲み屋で夕食。鶏鍋がおいしい店。テレビでM-1をやっている。優勝者の名前がわからないが、いずれにせよ代理店に仕組まれたものであることは間違いない。ビールを2杯、焼酎お湯割りを3杯。
帰りにレンタルビデオ屋に寄る。よもぎ湯に入って、アニメ「美味しんぼ」を観てから就寝。が、あまり眠れなかった。

2009/12/19

西海岸的枯れの美学

11時半起床。起きて、だらだら。ほうじ茶+どくだみ茶のブレンドを飲む。洗濯物を干したりお茶碗を洗ったり。ガールフレンドはお部屋の床掃除。ソフトマシーン『2nd』『4』を聴きながら。好きなのは、あくまでワイアット期です。大家さんが、北菓楼の「北海道開拓おかき」と林檎をくださる。おかきはホタテ味とイカ味。おいしくてたくさん取り寄せちゃったから、とのこと。ありがたい。

ガールフレンドと近所を散歩がてら、スーパーマーケットでうどん、うどんのだし、天ぷらを購入。行き帰りに図書館に寄って、本やCDの貸し借り。柿沼敏江『アメリカ実験音楽は民族音楽だった』(フィルムアート)、これはにわかジョン・ケージ研究のために借りる。他に、ルビーズ『Explode from the Center』など。これが意外に気持ちよく暗いもので、西海岸的枯れの美学という感じか。で、15時過ぎから18時過ぎまで昼寝。起きたら、すでに真っ暗だった。

夕飯は、あんまりお腹減ってないねということで、家にあった残り物を食す。めざし、里芋、ウィンナー、お豆腐ともやしのお味噌汁。youtubeで「美味しんぼ」を見ながら、2人で安ワイン1本を開ける。その後、skypeで父とおしゃべり。

2009/12/18

幽霊は脳のバグ

10時起床。大容量ハードディスクを使った自宅作業。むちゃくちゃな作業量なので、会社ではできないというわけ。途中、洗濯物を干したりして、昼過ぎにようやく作業完了、家を出る。

途中、モスバーガーにてテイクアウト、ハンバーガーのポテトSセットを購入。ドリンクはホットコーヒー。

食事をしてから怒濤の仕事。あっちゃこっちゃ引っ掻き回して、夕方は恵比寿にて打ち合わせ。打ち合わせが意外と早く終わったので、帰る前に、気になっていた山本現代の「ミイラっていいな」(Chim↑Pom=キュレーション、西尾康之、風間サチコ、 梅川良満=制作)展に寄る。西尾康之の立体作品とトーク(今日はトーク・イヴェントがあったのだ)に衝撃を受ける。西尾氏は、子供の頃から幽霊が見えるし死をよく引き寄せるんだけど、それは脳のバグなんだって話。発泡酒を1本飲んで帰宅。


ガールフレンドがどこかからいただいてきた「世にもまれなヴィシソワーズカリー」というレトルトカレーを食す。なぜか瀧波ユカリがパッケージの絵を描いている。他にお味噌汁、スーパーマーケットで買ったマグロの赤身。

食後、youtubeで若益つばさとその夫についてのもろもろを勉強。こいつらの結婚式を特集した『Popteen』がむちゃくちゃ売れたとかなんとか。

0時過ぎ、ベッドで寝ちゃう。

2009/12/17

余裕がない

忙しすぎて、日記を書く余裕がない。この日は何時に起きたんだっけな……。とにかく、10時半にガールフレンドと一緒に家を出る。彼女は車で、俺は電車で出社。

昼過ぎに白金高輪にて打ち合わせがあったので、昼食は、白金高輪駅前の蕎麦屋にて親子丼+たぬきそば。950円って高いなあ。
打ち合わせが長引き、しかもそんなに実りがなくて、へとへとになる。1時間ほど残業。ガールフレンドと最寄駅で待ち合わせる。スーパーマーケットに寄ってから帰宅。
帰宅後、2人で料理。牛肉と長ネギのパスタ、じゃがいもとたまねぎのお味噌汁。ビール2缶。
食後、仕事をするつもりだったのだが、やっぱりやめる。これからは、家で会社の仕事をするのは極力やめようと思う。で、ベッドでゴロゴロする。

2009/12/16

ひとり鍋

10時半起床。いくらでも眠れそうだが、がんばって起きる。漢方を服用してから病院。今日は診察の日。医師の診断も薬も、特に変化はなし。

スーパーマーケットでうどん(生麺)と長ネギを買い、図書館に寄って、いったん帰宅。ガールフレンドとうどんを食す。夕飯の支度として昆布と長ネギの青い部分を鍋に入れてから、2人で家を出る。行きの電車では『ジョン・ケージ 混沌ではなくアナーキー』の続きを読む。

仕事はデスクワーク。いよいよ忙しい。3時間ほど残業して退社。帰りの電車で、図書館から借りてきた『美味しんぼ』2巻を読む。


スーパーマーケットに寄って帰宅。今日は人生初の1人鍋。具は白菜、もやし、鶏もも肉。鍋にもやしを入れるのも30年の人生においてはじめてである(病院にあった雑誌から拝借したレシピ)。締めは玄米雑炊。お腹いっぱい。それにしても、1人で鍋をすると結構忙しい、ということがわかった。カニエ・ウェスト『Graduation』を聴きながら。

食後、ほうじ茶を飲み、ジョン・ケージMusic For Keyboard 1935-1948』を聴きながら、ソミュール液を作る。来年の正月にベーコンを作る予定で、その予行演習として塩豚を仕込もうかと。干したセロリ、黒胡椒、大量のローズマリー、パセリ、オレガノ、バジル、マジョラム、タイムを500ccの水、50gの塩、25gの砂糖と煮込む。この液でバラ肉を漬けるわけです。


あとはよもぎ風呂に入って寝るだけ。ちなみにこの2日間、まったくお酒を飲んでいません。

2009/12/15

復活

朝方、母が生き返る夢を見る。親しさのなかで息を吹き返す母を、弟、ガールフレンドと衝撃をもって見守る。キリストの復活とはこんな感じだったのかもしれないと夢の中で考えた。

9時起床。シャワーを浴びて、出社。今日は朝から重要な会議。発表もうまくいったようだ。

昼食はベーコンのチャーハン、鶏のからあげの定食。780円なり。このあたりでは良心的な値段だし味もまあまあなのだが、段取りがグダグダ。残念だが、もう行くことはないだろう。帰りに図書館に寄る。

夕方、会社を出る。寒いけれど、空がきれいで何だかいい気分。早めに家に帰ってゆっくりするつもり。


帰宅後、焙じ茶を飲んでから、ベッドに入って白石美雪『ジョン・ケージ──混沌ではなくアナーキー』(武蔵野美術大学出版局)を読むうちに、いつのまにか寝てしまった。21時前に起きて、夕食の支度。

豚肉、金時にんじん、長ネギで中華風炒めを作り、玄米、お味噌汁とともに食す。

食後は読書の続きやよもぎ湯の準備など。ひさびさに家でゆっくりと過ごす。

2009/12/14

インフォームド・コンセント

1015分起床。ガールフレンドが作ってくれた朝食を食べる。炊いたばかりの玄米、かぶと金時にんじんのお味噌汁、たまごやき、京都で買ったちりめん山椒。


11時半から歯科にて虫歯の治療。歯を削られるのは小学生以来。麻酔を3本も打っただけでもショックなのに、削っては穴を鏡で見せられ、というのを繰り返して疲弊する。こういうのもインフォームド・コンセントというのだろうか。

その後、歯科医の指導で、いかに間食が歯に悪いかを説明される。なんでも、歯磨きをまったくしない人よりも間食をする人のほうがある程度は歯に悪いらしく、寝る前にみかんを食べたりすると糖分としてもpHとしても最悪だったりするらしい。キーワードは再石灰化だったかな。あと、大抵のキシリトールガムに入っている人工甘味料はパルスイートと同じアスパルテームらしく、脳腫瘍の原因になったりするから噛むな、とのこと。なるほど、たまには医者に行くもんである。


いったん家に戻ってから仕事へ。御徒町に行くガールフレンドと一緒に家を出る。恵比寿へ直行して、打ち合わせ。戻って19時半まで仕事。

その後、新宿で打ち合わせも兼ねた夕食。すき焼きを食す。終電で帰宅。ああ、疲れた。

2009/12/13

よもぎ湯

12時すぎに起床。かぶ、かぶの葉とベーコンの炒め物、巨大しめじのお味噌汁。巨大しめじはちょっとグロくて食べられなかった……。美味しいお出汁を出してくれていたんだけど。かぶは生でかじったんだけど甘くて、かぶの葉の炒め物も本当に美味しかった。

道の駅にていろいろ買い物をして、ジェラートを食す。ガールフレンドの妹カップルとはここでさようなら。彼らはここから福井まで帰っていくのだ。ご苦労さま。

別荘に戻って、掃除、洗濯をしたあと、車で近江今津駅まで。


サンダーバードに乗って京都で降りて、伊勢丹の地下でお弁当と鱧寿司、ちりめん山椒を購入。新幹線では、名古屋から爆睡してしまった。

帰宅後、ガールフレンドが道の駅で購入したよもぎ湯の準備をしてくれる。50度近くの湯で30分程度煮出し、それをぬるま湯で割って40度くらいのお湯にし、30分浸かる、と。あー、気持ちいい。湯上がりもぽかぽか。思わずひさびさに東條百合子先生の本を読み返して、よもぎの効能について勉強してしまった。

2009/12/12

往復300km

土曜日。起きてコーヒーを飲んで、道の駅にて野菜を買って、ガールフレンドの妹が待つ福井へ向かう。といっても、妹さんは福井在住なわけではなく、高速バスで今朝東京から着いたばかり。ボーイフレンドのところに1週間ほどお泊りするようだ。高速を飛ばして1時間20分で到着。俺は初福井。

食べログで探した「旬味 泰平」という定食屋で昼飯。ハタハタの塩焼きとお刺身などの定食。なかなかじゃないでしょうか。

で、13時半すぎに3人で福井を出て、今度は金沢へ。21世紀美術館で友人と待ち合わせて「オラファー・エリアソン あなたが出会うとき」展を観る。やー、これがすばらしかった! できればもう一度観たいな。

さらにガールフレンドの友人1人と合流し、みんなでいまどき珍しい純喫茶へ。どこでどうつながっているのかわからないが、金沢に住むさらに別の友人に子供ができたことを知る。めでたやめでたや。

夕方17時すぎ、金沢合流組とは別れて、今度は福井のサービスエリアで、ガールフレンドの妹さんのボーイフレンドと待ち合わせ。ここから4人で滋賀の別荘へ向かう。今日は往復で300km以上移動したことになる。

夕食はわさび菜のパスタ、ベーコンとクレソンのサラダ、白魚の塩辛ほか。どれも美味しすぎる。3時すぎまで飲んで、ビール10缶以上、焼酎2本ほど開ける。

2009/12/11

濃霧の中

9時半起床。漢方を服用し、みかんをいただく。旅行の準備をして、クラシックギターを担いで家を出る。雨が冷たい。通勤電車のなかでエドゥアール・グリッサン『〈関係〉の詩学』を読み始める。

朝から重要な会議。また一つ、新プロジェクトが動きだすことになった。しかも2月までの短期決戦型。がんばらねば。それでも了承が出てよかった。

昼食は近所のうどん屋でカレーうどん。隣の席のおばさん2人がオリンピック誘致の映画に15億かかっていたというニュースに憤慨している。早めに帰社して、休憩時間を利用して太田垣蓮月について調べる。

午後もバタバタと仕事をこなして定時前に会社を出る。


東京駅にてガールフレンドと待ち合わせて父親の別荘へ。新幹線で京都まで、サンダーバードで近江今津まで3時間。

夕食は駅弁。おこわを食べる。

濃霧の中、自動車を走らせて到着。井戸水のお風呂に入って、疲れをとる。

2009/12/10

無言のつぶやき

11時起床。昨晩に引き続き調子が悪い。漢方を服用し、みかんをいただく。部屋を暖かくして『トーク・トゥ・ハー』の続きを観る。

眼科から帰ったガールフレンドが寿司を買ってきてくれた。


午後に出社。お金の計算などの、地味なデスクワーク。だんだん調子が出てきた。

定時に退社。六本木で国会図書館長の講演を聞く。みんながiPhoneを見ながら講演を聴いている。無言のつぶやき。今はこんな時代なんだよね、俺はしたくないけど。ごはんも食べて帰宅。沖縄料理、生ビール2杯、うっちん茶2杯。

2009/12/09

字がうまく書けなかった

10時起床。漢方、みかん。行きの電車で四方田犬彦『歳月の鉛』(工作舎)を読み始める。以前に書いた70年代問題の一つの例として。

仕事は粛々と。打ち合わせの準備で忙しく、昼食はコンビニの惣菜パンとコーヒーで済ませる。

で、上野で打ち合わせ。ひさびさ(7、8年ぶり?)の人。顔を合わせるや「いや〜、フケたね~!」と一言。えぇ、えぇ、そりゃあ見事に老けましたよ。あのかわいい20歳代の男の子は「人生」という名の嵐にもみくちゃにされて、ようやくオッサンになれたわけです。打ち合わせは首尾よく終わったどころか、別の仕事のご提案もいただいた。

帰りの電車が人身事故で止まる。45分ほど停車しているあいだに『歳月の鉛』を読了。四方田が書くと、それでも奇妙に明るい70年代。よくも悪くも、やっぱり彼は80年代の人なのであった。

3時間ほど残業し、やるべきことはほぼやりつ。帰りの電車で『日本の仙人たち』の続きを読む。


帰宅後、借りてきたペドロ・アルモドバル監督『トーク・トゥ・ハー』(2002)を観ながら夕食。スーパーマーケットで買ってきたコロッケ、昨日の生春巻きの残り2本、急ごしらえのニラタマ。ビール1缶。
ピナ・バウシュの踊り、カエターノ・ヴェローゾの唄……いい映像だなぁ。が、半分くらいでビデオを止めて、ギャラクシー500『On Fire』を聴きながら食器を洗った後、思い立って喪中はがきを書くことにする。
宛名を書き始めてすぐ、ものすごい虚しい感じに襲われる。なんだろうか……ひさびさに来た。字がうまく書けなかった、といった、それ自体は何でもないところからぐいぐい悪い気分に引き込まれた。そして今、ナニも考えられない、だけど落ち着かない状態。わー……。とりあえずお風呂に入ろう。
お風呂で『日本の仙人たち』を読了。結局、ベッドに入っても眠れず、2時半まで起きてしまった。

四方田犬彦『歳月の鉛』(工作舎)

四方田犬彦『歳月の鉛』(工作舎)

その日の朝、四宮[俊治]は駒場寮で同室であった石田英敬と富山隆という同級生とともに、レンタカーを借りて世田谷区代田のアパートに引越しをしている最中であった。三人とも革マルに近いところにいて、白地にZと大書きしたヘルメットを被って集会に参加したこともあったが、この時点ではまだセクトの闘士として確固とした自覚のもとに行動していたわけではなかった。ただ前年の十二月頃革マルの上層部から、狙われているから寮を離れた方がいいという助言を受けていたので、別にアパートを見つけることを決めていたのである。引越しにはもう一人、福田という同級生が助っ人に来てくれた。福田はまったくのノンポリ学生だった。

彼らが新しいアパートに荷物をあらかた運び終わったとき、鉄パイプを持った五、六人の中核派がどこからともなく出現して襲いかかった。石田と福田はただちに逃走したが、四宮と富山は逃げ切れず、頭や顔をめった打ちにされた。二人は病院に運ばれる途中で、脳部挫傷で死亡した。

わたしは四宮と直接に面識はなかったが、この事件は駒場の学生時代を通じてもっとも忌まわしく陰惨な事件というべきものだった。死の翌年、彼が生前に記していたノオトが『何という「無意味な死」』という題名のもとに、辺境社から刊行された。p.66


石田[英敬]はわたしの知らなかったいくつかの事実を教えてくれた。駒場寮では同室にもう一人、梅田順彦という学生がいたが、彼もまた1975年10月に大学の学生会館の前で社青同の手で頭蓋骨を割られ、惨殺されたこと。四宮と富山を殺害した中核派の特殊部隊の一人は、後に良心の呵責に耐えられず自首し、現在でも服役中であること。最後に石田が、ただ一つ自分の心の支えだったのは、自分たちが中核派を襲撃する側の行動に参加していなかったことだと語ったことが、わたしには強く印象に残った。p.69


どんなジャンルの音楽でも、初発の混沌のときは勢いがいいが、やがて楽理が発達して洗練の極みに到達した時点で、それに見合う演奏者が見当たらず、音楽は凋落に向かいます。13世紀のアラビア音楽がいい例ですと、小泉[文夫]さんは語った。音楽にもう一度活力を与えるためには、未知の音楽と衝突することしかないですねと付け加えて。p.141


とはいえこの時期に見て決定的な影響を受けたのはルイス・ブニュエルである。1977年の2月に開催された連続上映に通いつめたわたしは、『黄金時代』の荒唐無稽から『悲しみのトリスターナ』の残酷さまで、この亡命スペイン人の築き上げた天蓋の下に自分のすべての感受性を置いておきたいという強烈な衝動に駆られた。わたしは中学時代に新宿文化で観たきりの『ビリディアナ』を改めて見直し、それが神聖なる瀆聖というべき作品であることを知った。今日の社会において聖なるものとはもはや野卑で貶められたものの内にしか存在しておらず、いかなる意味でも自由や解放という観念は愚かしい幻想にすぎない。ブニュエルの説くこうしたモラルを前にわたしは、いつか彼について壮大な書物を書きたいという気持ちを抱くようになった。p.232


余談ではあるが、このゼミからはるか後になって、1990年代に、わたしは駒場の大学院で非常勤講師として映画学のゼミを2年ほど開講したことがある。そのときに気づいたのは、東大生がいかに担当教師の学説やイデオロギー的偏差を素早く読み取り、それに迎合した発表をすることに長けているかという事実だった。彼らはゼミが開始されるや、ただちに担当教員の著書や論文を取り寄せ、その語彙と思考の文体の予習にとりかかる。その人物が「業界」のなかで誰と仲よく、誰と対立関係にあるかを目敏く調べ上げ、どのように振舞えば優秀な成績で単位を取得できるかを考える。その結果、人を思わず当惑させるような、途轍もない荒削りの独創性を披露する代わりに、いかにもその場に似つかわしい言説を思いつき、優等生としてのレポートを提出するのである。もっともゼミが終了してしまうとそれは忘れ去られ、彼らはまた新しく現われたゼミの担当者を前に、その人物の著作に想を得た言説を教室で披露し始めるのだ。おそらくこうした学生は、厳しい受験戦争を掻い潜るどこかの地点において、こうした処世術を無意識的に体得したのだろう。p.239


『シネマグラ』の刊行が契機となって会うことのできた人物のなかで、この小川さん[『映画芸術』の編集者・小川徹]は飛びぬけて印象的な人物だった。この人は本気だと、わたしは直感した。世俗の功名心とかつまらない業界の政治などを尻目に、悠々と自分の執念だけのために雑誌を編集していた。その手垢に塗れた孤独のあり方に、わたしは深い感動を覚えたのである。p.251


あまたの事件のなかでわたしにもっとも強烈な印象を残したのは、1月26日に大阪の三菱銀行北畠支店で生じた立て籠もり事件だった。犯人の梅川昭美はライフル銃を手に銀行員たちを人質にすると、彼らに性的な屈辱を与えた。彼は2日後に警官隊によって狙撃されまもなく死亡したが、今わの際にパゾリーニの遺作フィルムである『ソドムの市』に言及した。彼がこの性的倒錯遊戯に満ちたフィルムに想を得て蛮行に及んだことは、歴然としていた。パゾリーニはその4年ほど前にローマで惨殺されていた。p.328

大星光史『日本の仙人たち──老荘神仙思想の世界』(東京書籍)

大星光史『日本の仙人たち──老荘神仙思想の世界』(東京書籍)

しかし、『本朝神仙伝』の作者は、実は、このヤマトタケルノミコトを神仙とすべきもっとも大切な条件、これを見落としていたように思える。すなわち、『紀』にある「開其棺[木親]而視之、明衣空留而、屍骨無之」の点である。棺を開けてみたけれど死体がなく、着物だけが残っている。これは、中国では神仙の証明、尸解仙[しかいせん]という。『後漢書』に「北海王和平病殁、后弟子夏荣言、其尸解」(方術和平伝)と。「注」に「尸解者、言将登仙、仮託為尸以解仙也」とある。(…)『日本書紀』では、ヤマトタケルノミコトをはっきりとこの種の“仙”と容認していたのである。p.47


酒は「竹林の七賢人」以来、動乱の世を避け、政治から離れて詩を論ずるのにもっとも必要な隠者たちの逃げ場でもあった。晋の阮咸以下これら七賢が、琴を弾じ清談に明け暮れた老荘思想の体得者であることは、よく知られるところである。旅人自身も、「古之七賢人等」と歌の中でもふれている。p.63


男が権力の座からずり落ちる時、それは性の繁殖、主導権からも外れることを意味した。権勢に敗れた者は子孫の繁栄も、多くの女を身近に侍らすことも不可能である。

逆にいえば、権力の座とは、いかに性を有効に活発に用いるか、その支配権を握るかでもある。

隠遁、隠栖と、性生活の有無は、深く関連し合い、性生活を失ったとき、それは隠遁と結びつき、お互いそれぞれに大きな影響を与えるものがあったかとも思える。

そして、その底には、古代日本、中国の思想、老子の陰陽のものの考え方がドッカリと腰を据えていたかとも考えられる。p.130


[白幽子が白隠の懇請に対して]丁寧きわまりなく教えてくれたのが“用酥(ようそ)の法”である。

用酥の法というのは、「色香清浄の鴨の卵の大きさのものを頭上に想像し、それが融け、肩、胸、内臓、尻、脚とひたしてゆき、ついには足の裏でとどまる」といった内容のものであるが、これをもっと詩的に、生理学的に粉飾、表現したものである。

この観想を幾度か繰り返す。すべて内観の法であり、感覚、空想によるやり方であるが、白隠の禅病はこれによってはっきりと消滅したことは事実であるし、白幽子も以前病弱であった体が見違えるようになったと告げている。

この法をやると、心身は調和し、鼻にはツンと香気を感じ、たまりにたまった汚濁の病気のもとは消え去り、胃腸も肌もととのい、光沢を増すという。大いに気力を増し、いかなる病も癒し、人道、人徳、人仙のいずれにも通ずるようになるという。

飢え、寒さから自由になり、冬、年老いていても足袋をはかず、火の気がなくとも、常に足はあたたかで、病気知らずとなる。白隠が三年この内観法を用いることによってかつての病は自然に治癒し、禅においても目ざましい発展、悟りを見るようになった。p.181

2009/12/08

こんなんじゃ何もできないよ

8時起床。漢方を服用。□□□のライヴのUstreamを観ながら、りんごジャムとパンを食す。

朝から会議が立て続けに3本。こんなんじゃ何もできないよ。

昼食はカレー。食後、コーヒーを飲みながら来年の計画を立ててみる。1000円。

午後も会議1本。電話をする時間すらない。

夕方、九段で打ち合わせ。お仕事はこれにて終了。


神保町の新刊書店で内村鑑三『内村鑑三所感集』と、最近流行っているらしいルソー『社会契約論』(どちらも岩波文庫)を購入。近所のスーパーマーケットでシャブリを買って帰宅。

夕食はガールフレンドが作ってくれた。玄米、大根のお味噌汁、海老とサーモンの生春巻、豚肉と大根の煮物(ゆず風味)。ビール4缶、さらにChablis Cuvée Les Parguesを1本飲んでしまった。あー、おいし。

食後、アニメ「美味しんぼ」の「鮮度とスピード」という衝撃の回を観ながら、ヤフオクで購入したクラシック・ギターの弦を張り替える。

2009/12/07

ウェブ学会と20000v

1時就寝。8時起床。とりあえずの円安の中、精算を済ませる。ふー。

10時に出社。喪中はがきの切手の手配、みかんの振込みなど済ませる。


昼食は、御茶ノ水の「富士そば」なる名店にてかけそば+親子丼500円。食べながら『アッシジのフランチェスコ』をようやく読了。次は大星光史『日本の仙人たち』(東京書籍)を読む。

東京大学の学会に出席。その後、21時まで打ち合わせ。異業種の方々と話してみて気づいたのは、わが営業部がもはや利権団体以外の働きをしていないということであった。


帰宅後、ガールフレンドがたぬきうどんを作ってくれた。アニメ「美味しんぼ」を観ながら食す。

夜中、高円寺20000V閉店の報に衝撃を受ける。ドバイ・ショックとは関係なさそうだが、ついにここまで来たか、という感じ。

キアーラ・フルゴーニ『アッシジのフランチェスコ──ひとりの人間の生涯」(白水社)

キアーラ・フルゴーニ『アッシジのフランチェスコ──ひとりの人間の生涯」(白水社)
喜びというのも、フランチェスコに典型的な態度だった。『三人の伴侶の伝記』は、これを彼のもとからの性格の一部と考えているが、どうだろうか。たとえ生まれながらの性質であったにしても、フランチェスコは間違いなく、これを自分で注意深くコントロールして、よりよいものにしている。内面を高く保つことで肉体と魂のあらゆる痛みや苦しみを昇華させようとしたのである。まだどこかの君公になろうと考えていた頃にも、フランチェスコは勇気と肉体的な忍耐の徳を示した。それは武術を習う中で、傷を負う危険や痛みに耐える長い訓練を通して培われたものだった。後にキリストの例に従うとはっきり決意した時、彼が拠りどころとしたのは、他人の意志に心穏やかに従う忍耐の徳、そして他の人々に優越したがる野心やうぬぼれの気持ちを抑えつける、喜ばしき服従の徳であった。p.33

そしてある日、アッシジの近辺を馬で走っていたフランチェスコは、一人のらい病者に出会った。勇気を奮い起こして馬から降りると、らい病者に金を与え、その手に接吻し、抱擁に応じた。数日後、今度は彼の方で再びらい病者たちに会いに行く決心をした。金をたくさん集めると、彼らのいる施療院を訪れた。病んだ手に再び接吻し、施しを行ない、自身を抱擁してもらった。
根本からの変化であった。20年後に臨終のフランチェスコはその『遺言』の冒頭で、新たな生の開始となったこの体験を、短いが濃厚な言葉にして述べている。「主は、私、すなわち兄弟フランチェスコに、このように改悛の業を始めさせて下さった。私は罪の中にあったため、らい病者を見ることがあまりにも苦く思われた。そこで、御主自身が彼らのあいだに私を導かれ、私は彼らに慈しみを施した。そして彼らのもとから遠ざかるに従い、私にとって苦く思われたことが魂と身体に甘美なものへと変わった。そして、それから私は少しのあいだ留まった後、この世の外へ出た」p.47

親子を目の前にすると、司教は自分の庇護下にある者の方へ向いた。既にフランチェスコは手もとに残っていた金をすべて持ってくることに決めていたのだが、ともかく司教は彼に金の返済を促した。「教会は、なんじが、なんじのものではなく、なんじの父のものであり、おそらくは不当に得たはずの金を、教会のために使うことを望まない」。フランチェスコは同意し、すべてを返すつもりだと言った。そして隣室に入ると、すっかり衣服を脱いで裸になり、手にした服の上に金を載せて、父と居合わせた人々のところへ戻ってきた。大勢の友人や近所の人々が息を飲み、どんなふうに成り行きを見守ったか想像してみるとよいだろう。「皆さん、聴いてください。そしてどうか私のことをわかってください。今までわたしはピエトロ・ディ・ベルナルドーネをわが父と呼んできました。けれども、わたしはただ神のみに仕えると決意したので、ピエトロ・ディ・ベルナルドーネに、彼の心を悩ました金と、彼が私に与えてくれた衣服を返します。今から先は、いつも『天にましますわれらの父』としか言いません、『わが父ピエトロ・ディ・ベルナルドーネ』とは決して言いません」。息子の決定的な言葉を耳にして絶望し、逆上した父親は、服と金をひっつかんで逃げ帰ると、そのまま家の中に閉じこもってしまった。司教は腕を広げて裸の男を自分のマントで覆った。p.56

フランチェスコは、詩篇の本を所望した例の修練中の兄弟に、この危険な欲求が次にどんな道筋をたどるかわからせようとした。『ペルージア伝記』のさわりを読んでみよう。フランチェスコが火の傍に座って身体を温めていると、くだんの修練者が詩篇の本のことをもう一度頼もうと戻ってくる。フランチェスコは答えた。「もしも詩篇の本を手に入れたなら、今度は聖務日課書が欲しくなってしまうだろうよ。そして聖務日課書を手に入れると、司教のようにどっかと椅子に腰を落ち着けて『聖務日課書をここに持っておいで』と兄弟に命じるようになるのだ」。フランチェスコは少々芝居がかったような思いもつかない動作で話を締めくくり、絶大な心理的インパクトを与えた。『ペルージア伝記』は続ける。「こう述べると、霊に火を点された聖人は、灰をかき集めて頭に振りかけながら自分自身に向かっていった。『私は聖務日課書だ! 私は聖務日課書だ!』フランチェスコが叫びながら灰を頭にすりこんだので、修練者は驚愕し、すっかり恥じ入ってしまった」。p.91

話を聴いたひとりはこう言わざるをえなかった。「この人たちは、神さまと一つになるために何もかも徹底してやっているのか、そうでなければ気が違っているのか、どちらかだ。まるで自棄になったような生活をしてるんだから。ほとんど食べないし、裸足で歩き回って、服もひどい有りさまだ」。若い娘などは彼らを遠くから見かけただけで、驚いて逃げ出した。まるで森からやってきた野生の人のように見えたからである。p.109

羊飼いの方は、懇願の言葉も身振りもいっさい受けつけずに、陰気な怒りにまかせて気の毒な者たちの衣服をはぎ取り続け、彼らを素っ裸にした。その後もこうした襲撃は繰り返された。そのためひとりの哀れな兄弟などは十五回も下ばきをあきらめる羽目に陥り、とうとうしまいには、下ばきを守るために牛の糞で汚して略奪者が嫌がるようにした。それよりもましな方法を考えつかなかったのである。p.146

2009/12/06

美味しんぼ

10時起床。

図書館にて本の貸し借り。ガールフレンドと2人で千駄木へ。イタリア料理店にて昼食。俺は娼婦風スパゲティのコース、彼女はシーフードのパスタのコース、レモンのお酒。ブルスケッタ、ドルチェとコーヒーがついて、二人で4000円くらい。その後、御茶ノ水へ行って、クラシックギターのケースと弦を購入してから有楽町へ。西武と阪急、二つの百貨店にてガールフレンドのブーツを探すも決め手に欠け、結局購入にはいたらず。

夕食は、チェダーチーズとマーマレード、いただきもののボルドー・ワイン(chateau grandis 2004)に始まり、玄米、お豆腐と大根の葉のお味噌汁、千枚漬け、かぶの葉のお漬物、めざしを食す。YouTubeにてアニメ「美味しんぼ」を観まくりながら。「炭火の魔力」の回と「土鍋の力」の回は、幼少期の俺に強烈な印象を残したのだった。

食後、Sufjan Stevensを聴く。お風呂に入った後、ベッドで『アッシジのフランチェスコ』をまだまだ読む。

2009/12/05

デザインのコスト

10時起床。パン、自家製りんごジャム、にんじんとたまねぎのスープでブランチ。
ブックオフが来て、先日の本の査定をしてくれる。雑誌、漫画の文庫など、碌なものがないにもかかわらず、意外にも3200円になった。内田春菊の文庫シリーズを全部売ったのが効いたのだろうか。

2時間くらい寝て、起きて、昨晩の残りの白菜と豚肉の蒸したものを食べた。


で、雨が降ってきた15時くらいにガールフレンドと2人、家を出て田町へ。寒い、ひもじい、お腹が減った。ということで、駅ビルの札幌ラーメンを食べる。ラーメンと餃子定食。2人で計1500円。

その後、慶應義塾大学へ。「草月アートセンター──印刷物という「半影」」展を観る。いわゆるひとつの「日本のデザイン」の萌芽。ここにはまだ、すべての可能性が隠されている。それにしても印刷物のコストって、なんで上がってしまったのだろうか。


薬局とスーパーで買い物をして帰宅。ヤフオクで和歌山みかん10kgを300円で落札。

図書館から借りてきたカレル・ゼマンのDVDを観る。『水玉の幻想』を観ながらほうじ茶を飲んでみかんをやたらと食べた。さらに『盗まれた飛行船』を観ながら料理をして夕食。といっても、お豆腐と長ネギのお味噌汁、有機栽培の里芋を茹でた以外は、出来合いの焼売、千枚漬けなどの手抜き料理。映画は凝っていて、最高に楽しい。子供の頃に観ていたらもっと楽しめただろうなあ。

その後、YouTubeで「アメトーーク!」やっぱり上戸彩芸人の回、プロレスの回、「ガキの使い」山崎邦正がフィーチャーされている回。ビール3缶。

2009/12/04

衣替え

9時起床。ひさびさに飲んだ補中益気湯が効いた。今日は調子がよい。
予約していた歯医者へ。診断のついでに歯石・ステインを取ってもらう。気持ちいい! ショックなことに虫歯が1本見つかった。あと、今の歯医者ってすごいのね、マウスピースをハメられて、デジカメでいろいろな角度から歯をバシバシ撮られた。
いったん帰宅し、白粥を食してから家を出る。通勤電車のなかで、いまだに『アッシジのフランチェスコ』を読んでいるのは、忙しいとはいえ、さすがにまずい気がする。
昼は恵比寿で打ち合わせ。終了後、立ち食いそば屋のうどんで昼食とする。消化にいいものを食べないとね。
いったん社に戻って、今度は吉祥寺へ。打ち合わせをして今日は仕事終わり。
古本屋で多木浩二『欲望からの批評1 視線の政治学』(冬樹社)を購入。「GSファイル」という、『GS』の単行本シリーズ中の1冊らしく、こんなシリーズがあったなんて知らなかった。
夕飯は白粥、白菜と豚肉の蒸し焼き。

夜、たまった日記を書く。
ついでに、タイトル部分も衣替え。
ちなみに、秋のブログを彩った絵と句は以下のとおりです。

絵=高橋由一《豆腐》1876-77
句=西東三鬼 父 掘 る や 芋 以 上 の も の 現 れ ず

2009/12/03

補中益気湯の威力

この日は完全に潰れてしまった。口に入れたものはすべて5分以内に外にこんにちはしてくる恐ろしい状態。ずっとベッドに横になっていた。まだ公式の場所で酒を飲むのは早いということなのかもなあ。
夜になって、寝る前に補中益気湯を飲んだら、それまで冷えまくっていた身体からどかどか汗が出てきて、ぐっすり眠った。

2009/12/02

忘年会

10時起床。今日は眠った感あり。

病院へ行き、薬をもらい、帰宅して、突然思い立ってtwitterを始める。

昼食は家でうどんを茹でる。たまご、しめじの関西だし風味。食後、年末調整の書類を揃える。

通勤電車のなかで『アッシジのフランチェスコ』の続きを読む。

午後はデスクワーク。

夜、会社の忘年会。そんなに飲んだ記憶はないのだが、ひどく酔ってしまい、どうやって帰ったのかまったく覚えていないのであった。ガールフレンドにだいぶ手をわずらわせた様子。

2009/12/01

仕事の記述無し

9時起床。朝食はゼネラルレクラークという洋梨を食す。

行きの電車で『風狂俳人列伝』をようやく読了。続いてキアーラ・フルゴーニ『アッシジのフランチェスコ』(三森のぞみ訳、白水社)を読む。

昼食はコロッケとメンチカツ定食850円。胃がもたれた。組合の会議を終えて、20時半に会社を出る。今日は全体的に微妙な隙間があった。

夕食は白米、紫大根のお味噌汁、鮭のホイル焼き、千枚漬け、かぶの葉の漬物。ビール2缶。

再来週の滋賀別宅までの旅行のスケジュールをめぐって喧嘩。最近こういうことが多くて悲しい。仲直りして、お風呂に入って、0時に就寝。

2009/11/30

打ち合わせ三昧

10時起床。夜中、何度か目覚めた。最近、眠りが浅い。漢方を服用して、りんごジャムを一匙食べて、表参道へ直行。打ち合わせを済ませた後、会社へは寄らずに新宿へ移動する。

昼食は「てんや」で天丼500円也。マクドナルドで打ち合わせの準備をしながらコーヒー120円。で、打ち合わせ。うまくいった。

会社に戻ってデスクワーク。来週の打ち合わせの準備をしてから、21時半までみっちり資料の読み込み。今日は仕事した〜って感じがする。


会社を出て、ガールフレンドと久々に東京に戻ってきた友人と合流。原宿でごはんを食べる。キーマカレー、白ワイン2杯。

入浴後、ガールフレンドが「ていしん」という鍼に使う道具で頭のマッサージをしてくれた。きもちいい。

2009/11/29

来年の話

11時半起床。起きてすぐに本の片付けの続き。掃除機をかけながら、かなり本格的に働く。
13時すぎにブランチ。白菜と柚子のうどんを作って食す。シンプルながらおいしい。ガールフレンドはりんごジャムやかぶの千枚漬けを作っている。
ついに文庫棚の整理にまで及び、これまでもかなり売ってきたのに、今日だけでさらに100冊以上が売りに出されることになった。それでも全体の1%にも満たない。このあいだの雑誌とともに、ブックオフに引き取ってもらう手配を済ませる。それにしても、伊藤整『日本文壇史』(講談社文芸文庫)の2巻だけが見つからないのはなぜだろうか。
間食として、コンビニでスナック菓子を買ってきて作業をしながらつまんだのと、ゼネラルレクラークを1個。

夕食はガールフレンドが用意してくれたキムチ鍋。おいしい! 〆は雑炊にして。大満足。来年は山に登りたいとか、来月には滋賀と金沢行をしようとか、そういう話で盛り上がる。もう一つ、ヤフー・オークションでクラシック・ギターを落札したので、来年は本気でギターと向き合いたいなあ、と。